近所づきあいのヒトコマにおける懺悔

わがヤサの裏庭の西側は、高さ150cmくらいのフェンス一枚を隔てて隣家の駐車場となっており、そこでときどき、隣のダンナと幼稚園児の息子が野球ごっこみたいなコトをして、微笑ましい父子の触れあいの様子を見せつけてくれており、いかにも「家庭がなにより大事」みたいなマイホーム・パパを演じてくれてくれている(というのはもちろん私の勝手な想像による描写であり、あの父ちゃんにはきっと、演じているつもりなんてコトはみじんもないと思いたい)。

それに引きかえ、わが家ときたらオトナしかいないのをイイことに、時間帯なんかお構いなしに自分たちの都合だけで出入りするものだから、きっと「まーあ、お気楽でイイわねぇ...アンタたち、いまは若いからイイけど、老いたときにだれも面倒見てくれない、寂しい老後を迎えるわよ...いまに見てなさい」などと、隣の若奥さんは思っているに違いない(というのも、もちろん私の被害妄想でしかなく、乳幼児の世話に忙殺されてる主婦にそんなコト考えているヨユーはないと信じたい)。

そんなどうでもイイ前置きはともかく、昨日の午後、妻の二輪をちょっとばかり乗り回して帰ってきて、なんだかえらく汚れているのが目についてしまった私は、ちょっとだけささっと...などとクリーナなどを出してきて磨き始めたら、あっという間に二時間。 その間、そのエセ微笑ましい父子は野球をしていたようだが、そんなコトはつゆ知らず、私は懸命にバイクを磨いているものだから、きっとかなり険しい表情をしていたに違いない。 そんな私の視界の端っこに、くだんの隣の子どもの姿がフェードインしてきて、蚊の鳴くような声で「こんにちわ...」と私に云う。

あ、やだなぁ...相手がオトナなら事務的に挨拶しても問題なかろうが、相手が子どもでは、さすがの私も声のトーンをちょっとは上げて返してやらないと、この子はその日の夕食の食卓で、両親になにを云いふらすかわかったものじゃないし...云々などとコンマ数秒で逡巡、「おー、こんにちわぁ」などと、自分でも嫌気がさすほどの猫なで声で挨拶してやる。

子どもいわく、「ボールが入っちゃったんで取ってください...」とのこと。 さっきと同じように蚊の鳴くような声だが、きっと父ちゃんの投げたのを受け損ねたのか、自分がピッチャーをやっていてあさってのほうに投げてしまったのだろう、父ちゃんに「自分で云いに行きなさい」みたいなコトを云われてきたに違いない。

わが家側の裏庭のほうを見ると、たしかにフェンスの少し下に、子供用のゴムボールが転がっている。 私もさっきのテンションが下がらないように気をつけながら、「あー、あの黄色いの?」などと、いかにも「お安いご用だ」というようなコトバを返してやる。

そして、わが家とフェンスとの間の60cmあまりの狭い通路を縫うようにして裏庭に行くと、フェンスの向こうに父ちゃんがいて「どうも、申しわけないっす、申しわけないっす」と恐縮しているものだから、私もついつい、拾ったボールを父ちゃんに手渡した。

そして私はすぐにまたバイクのところに戻ったわけだが、あの子の蚊の鳴くような声の言い回しが可笑しくて、磨きながらときどき思い出し笑いなどしていたものの、もうちょっとよく考えてみると、あの子も怖い顔をしてバイク磨きをしているおっさんに、かなり勇気を振り絞ってお願いごとをしにきたわけだから、あのときさっさとオトナ同士で済ませてしまったのが、なんだかとても悪いコトをしてしまったような気がしてしまい、ちょっと自己嫌悪。 本来はちゃんとあの子に手渡してやるべきだっただろう。

要するに、ウチの庭に入ってしまったボールを拾ってやったというだけの些細なハナシだが、それにともなうわが罪は少々重いかも。 その罰を受ける前に、今度の初詣で神さまに謝っておこうと思う。